8/10/2008

なぜ眠るか?

4ヶ月前のPLoS Biologyに、Why We Sleep: The Temporal Organization of RecoveryというタイトルでEmmanuel Mignotが非常に良いレビューを書いている。睡眠に興味のある人には超お薦め必読文献。

重要な主張は、Robustness May Favor Temporal Organization of Sleepという項目に書かれている。元の文章も抽象的でわかりづらいけど、自分の理解はこう:

細胞とシステムレベルで、恒常性(homeostasis)を保つために睡眠というものがある。その恒常性の仕組みは、外部環境からのかく乱に対して、システムをより強固なものにする。一方で、強固なシステムというのは、適応という点で不利な側面があるのだけども、その恒常性を保つ仕組みの上に、アドオン的に冗長性を持たせたり、モジュール化したり、正負のフィードバックの仕組みを付け加えることで、システムがより「したたか」(robust)なものになるのだろうと。だから、一旦、恒常性を保つために生じた睡眠は、そのアドオン的に加わっていったものによって、システムにとってよりメリットのあるものになっていったと。

つまり、進化という時間軸の過程で、睡眠はシステムをよりしたたかにするようになっていったのでは、ということなのだと思う。

ここにたどり着くまでに、このレビューは次のような構成になっている。
1.The Necessity of Sleep in Mammals and Birds: REM and NREM Sleep
2.Sleep in Other Organisms
3.Anatomical Models of Sleep Regulation: Localized or Distributed?
4.The Limitations of Brain Organization Models for Sleep Regulation
5.Current Theories on Why We Sleep
(番号は便宜上割り当てただけです。)

1では、いわゆるレム睡眠とノンレム睡眠をキーワードに、睡眠の多様性と必要性について非常に包括的、簡潔にまとめられている。ここは、同時期にSiegelが出したレビューに詳しい。そのレビューでは、昆虫や魚類、両生類、爬虫類の睡眠もまとめられていて楽しい。

2は、睡眠遺伝学の話が少しだけ紹介されている。ごく最近報告された線虫の睡眠(正確にはlethargusと呼ぶ)のも引用されている。この遺伝学の話をさらに詳しく知りたい場合は、ごく最近AlladaとSiegelが書いた総説にもう少し詳しく書かれていそうだ(まだ読んでません)。また、より一般的な記事としては、最近サイエンスにsleepless遺伝子の単離の論文にあわせて掲載された記事が非常にお薦め。

3は、睡眠をコントロールする神経核、神経回路の話が説明されている。例えば、カンデルの教科書で身に付けた知識をアップデートしたい場合、この項目は特に勉強になる。図としてはFigure 1。覚醒、ノンレム睡眠、レム睡眠それぞれについてまとめられている。

3はどちらかというと、特定の神経核群が覚醒・睡眠サイクルの制御に重要、という話なわけだけど、4では、必ずしもそれだけではなく、脳のもっと広い部分が分散的に関わっている、という例が少し紹介されている。

そして5では、睡眠の機能について、三大仮説が紹介されている。文献中のTable 1に詳しい。本文と同程度の情報量がある。その三大仮説とは、
1.エネルギー需要の減少
2.情報処理とシナプス可塑性
3.細胞内構成物の回復

これらの3つはそれぞれ対立するものではなく、共通項も多い。少なくとも視点が、システムレベル、シナプスレベル、細胞レベル、と違う。

これらのバックグランドを踏まえて、先に述べた「したたかな恒常性」の話が展開される。

そして、最後に、What Remains To Be Sloved?として、未解決、あるいは当面の問題を、3つ挙げている。
1.Homeostatic and circadian regulation: independent or intimately linked?
2.The problem of REM sleep.
3.Molecular and anatomical studies of sleep and sleep regulatory networks across species.

1は、睡眠の恒常性とサーカディアンリズムはこれまで異なるものとして扱われてきたらしいけども、おそらくそうではなさそうだ、ということ。この両者の関係が今後のトピックの一つになるのだろう。

2は、レム睡眠の大問題。
上に挙げた三大仮説はノンレム睡眠を主に想定していて、レム睡眠には必ずしも当てはまらない。つまり、睡眠の機能としては片手落ちになっている。例えば、レム睡眠中の脳活動は、多くの点で覚醒中に似ているので、エネルギーをより消費している。シナプス可塑性の仮説についても、例えば大脳皮質の活動は全く違うわけで、ノンレム睡眠中とレム睡眠中の可塑性の(神経活動レベルでの)メカニズムは違ってしかるべき。その点を現時点での仮説ではしっかり説明しきれていない。

このレビューでは、レム睡眠の機能は進化を通して変わってきているのでは、という柔軟な考えを唱えつつ、レム睡眠は特定の原始的な神経回路だけにメリットがあるのでは、という立場をとっているように解釈した。が、非常にわかりづらい議論を展開している(ので誤解しているかも)。それだけ、いろんな立場があって、まとめきれない、ということなのだろう。

3は、分子レベルの研究の重要性を主張している。この点は、先に紹介したAlladaとSiegelの総説に当たるとより情報を得られるかもしれない。

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何を学ぶ?

これまでの知識を整理して、補って、そして今後の研究方向を考える上でホントに役に立った。個人的には、レム睡眠と分子遺伝学を使った研究が重要になるのだろう、と思った。分子遺伝学という点では、ハエの研究は、文字通りの意味では、哺乳類の話に発展させるのは難しい気がするけど(確かオレキシンのシステムはハエにはなかったはず)、アナロジーというかアブストラクトな部分でおそらく役に立つ気がする。shaker絡みの話はそういう意味で参考になる。

それから、なぜ自分が睡眠の話を取り上げているかというと、睡眠は脳状態と情報処理の問題を考える上で避けて通れない問題だと思っているから。ノンレム睡眠中は少なくとも意識はないはずで(断言してもそれほど反論はないか?)、そういう意味では、ネガティブコントロールとしての脳からいろいろ学べることは多そう。そう思っている人はまだ少なそうだから、そう思ってみる。どうだろう。

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参考文献

PLoS Biol. 2008 Apr 29;6(4):e106.
Why we sleep: the temporal organization of recovery.
Mignot E.

右のTag集のSleepにたくさん睡眠関連の論文があります。

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