6/21/2008

小さい脳の速い揺れ

触覚(体性感覚)の情報が入ると、脳でどんなことが起こるか?

体性感覚の情報は、大脳新皮質に伝わると同時に小脳にも伝わる。

大脳新皮質では、感覚の情報が伝わるとニューロン集団がリズムを刻みだす。
いろんな脳内リズムの中に、30-80Hzの「ガンマ・オシレーション」、それから、それよりも速いリズム(とても速いオシレーション、ということでvery fast oscillation、略してVFOと呼ぶ。帯域は最大150Hzくらい)がある。

特に前者のガンマ・オシレーションは、過去20年くらい注目されてきて、知覚やワーキング・メモリー、運動の実行などなど、脳活動の様々な場面で顔を出す(だからと言って、このリズムが本当に知覚などに必要かどうかは、今も論争中)。

もしもそんな神経活動のオシレーション(振動活動)のことを知らないなら、どんなイメージを持つと良いか?

カーテンコール、アンコールなどの拍手に例えるとイメージしやすい。

観衆はニューロンで、「スパイク」という拍手をする。観衆たちがみんなそろって手拍子をとるのが、脳で言うところの「神経オシレーション」である。ニューロンたちもバラバラに活動したり、たまに一部の集団でリズムに合わせて活動したりする。

例えば、コンサート会場にマイクを設置して、拍手の音を測るように、脳の場合もセンサーを設置して神経活動を測れば、そういうオシレーションが計測できる。

とにかく、ニューロンたちが協調的にリズムを刻むわけである。


前置きが長くなった。

同じく体性感覚が伝わる小脳はどうか?が、今回の本題。

大脳新皮質や海馬に比べたら、リズムに関しては、研究が遅れている。けど、大脳新皮質と同じようにガンマ・オシレーションやそれより速いVFO(very fast oscillation)が小脳でも発生する、とする報告は過去にあるようである。

では、その小脳のガンマ・オシレーションやVFOはどのような仕組みで発生するのか?

そんな疑問の一部に答えた論文Neuronに掲載された。


その研究でわかったことは:
1.小脳でも、大脳新皮質や海馬と同じように、(スライス標本で)ガンマ・オシレーションとVFOが発生する。
2.そのオシレーションは、アセチルコリン受容体の活性化によって発生。
3.ガンマ・オシレーションには、抑制性入力の働きが必要で、興奮性入力の貢献度がない、もしくは低い。
4.VFOには、様々な抑制性ニューロンたちが持つ「ギャップ結合」という電気シナプスが重要そう。
5.ガンマ・オシレーションは、VFOに比べより広い範囲のニューロンたちを巻き込んでリズムを刻んでいる。

小脳の二つのリズムは、大脳新皮質や海馬のそれと違って、活動を抑えあうはずの抑制性ニューロンのネットワークだけで、速いリズムを生み出している可能性が高いことが見えてきた。(「仕組み」という点で重要そうなので強調)

こんなことを明らかにした研究から、どんなことが考えられるか?(空想できるか?)

体性感覚の情報が入ると、大脳新皮質と小脳で同時多発的にニューロンたちがリズムを刻みだすのかもしれない。そして、もしかすると、そのリズムは、遠く離れた大脳新皮質と小脳という二つの場所が協調的に働くのに何か重要なのかもしれない。

(あくまで「空想」であって、「大脳新皮質と小脳が協調的に働く仕組み解明」などと、新聞記事の見出しのようなことを書くのはNGである。)

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ここからは、各データのポイントをメモ的にまとめてみます。
(ついでに、この論文と同じ号で報告された別の論文もポイントをまとめて、自分なりの考えをつづってみます。神経科学の基礎と実験などの知識を前提として書いてみます。)


この論文では8つの図があるので、それぞれのポイントをまとめる。(論文が手元にないと理解不能かと思われます。。。)
図1:アセチルコリンと興奮性入力の貢献度

マウス小脳(スライス標本)でも、海馬や大脳新皮質と同じように、アセチルコリンの作用でオシレーション(ガンマとVFO)が発生する。けど、ムスカリン性ではなく、ニコチン性受容体の活性化が必要という点が、重要。

どのタイプのニコチン性受容体のサブユニットが重要か薬理的に調べたら、神経筋結合部位で働いている末梢系のサブタイプがもしかしたら重要かもしれないことが判明。中枢神経系のサブタイプの貢献はかなり低そう。

小脳内の興奮性入力に注目して、AMPA成分とNMDA成分の伝達を薬理的に抑えても、オシレーションには効果がなかった。つまり、海馬や大脳新皮質とは違って、興奮性入力は必ずしも必須ではなさそう。

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図2:抑制性の神経伝達の必要性とスパイクレット

GABAa受容体の働きが、ガンマ・オシレーションの発生に必要ということがわかった。VFOはむしろ強くなる。

プルキンエ細胞の活動を調べたら、ニコチンが投与されてオシレーションが発生すると、スパイクの発生確率は減少し、大きな抑制性入力が来るようになる。

スパイクとスパイクの間にミニスパイク的な「スパイクレット」がたくさん発生するようになる。

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図3:抑制性ニューロンのスパイクとスパイクレット、そしてオシレーションとの関係
スパイクレットは、プルキンエ細胞だけでなく、星状細胞やバスケット細胞でも見れる。

星状細胞のスパイクレットは膜電位依存的に見れる。(ギャップ結合の働きは膜電位依存的かも?という可能性を示唆??)

スパイクのタイミングは、ガンマ・オシレーションの「谷」に集中していいそう。
一方、スパイクレットのそれは、VFOとなじみがよい。
(この解析だけで、スパイク、あるいはスパイクレットがホントに谷に集中しているかは、解釈に困る。ヒストグラムを作ってフェーズをしっかり調べないとダメ。)

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図4:スパイクレットとVFOとの関係、ギャップ結合の可能性
スパイクの発生を抑える操作をすると、ガンマ・オシレーションが消失し、VFOだけが残る。

さらに、電位依存性のナトリウムチャネルをブロックすると、VFOも消える。

ギャップ結合をブロックしても、両方のオシレーションが消える。

スパイクの発生を抑えても確かにスパイクレットは残っていて、それと細胞外のマクロレベルの電気的な活動は同期していた。

ということで、VFOは、スパイクではない、電位依存性ナトリウムチャネルを介した電気的な活動「スパイクレット」が、ギャップ結合でつながっているニューロン間で伝播する現象、という可能性が考えられるか。

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図5:ギャップ結合のさらなる確認
一個のニューロンに注入したはずの色素(バイオサイティン)が、複数のニューロンに拡散する。(いわゆるdye-coupling)

試したすべてのギャップ結合のブロッカーでオシレーションをブロックできた。

ということで、プルキンエ細胞-介在ニューロンでギャップ結合があって、それが二つのオシレーションに必要である可能性が高まった。

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図6:オシレーションの空間的な広がり
VFOはガンマ・オシレーションに比べ、同期している範囲が狭い。

ガンマ・オシレーションは、白質を除くすべての層で見れるけど、位相が分子層からプルキンエ細胞層で逆転する。(解釈として、この二つの層の間で、双極子ができて、電流の入出があると解釈できて、主な電流の入力はプルキンエ細胞層と解釈できそうか?)

VFOは顆粒細胞層を中心に強い活動が見れる。(GABAa受容体のブロッカーを投与して、VFOだけが発生する状態で調べている。)

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図7:電位感受性色素を使った高速イメージング
基本的な傾向は、図6と同じと理解したら良いか。(白質でもシグナルが見れたりもするが)

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図8:ヒト小脳でのオシレーション
マウスと同じように、
1.ニコチン投与でオシレーションが発生
2.ガンマ・オシレーションにはGABAa受容体の働きが必要
3.ギャップ結合が二つのオシレーションに必須
ということをヒトのスライス標本(!)で確認。

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この論文のことを議論する前に、並んで報告された論文についてもメモ的にまとめてみる。


この論文では、上の研究のオシレーションよりさらに速い160Hz以上のオシレーションが小脳で見れることを明らかにしている。いわゆるin vivoでの研究という点では、信憑性が上の研究よりも高い、とも考えられなくもない。

プルキンエ細胞同士の抑制性の回帰的な回路によって、超高速オシレーションが発生しているのではないか、という主張をしている。

論文中の図のポイントをかいつまむと、
1.個々のプルキンエ細胞の活動頻度は非常に高く、ガンマ帯域でリズムを刻んでいる細胞が多い。
2.プルキンエ細胞の集団の活動に注目すると、細胞同士が非常に高い周波数で同期的に活動していて、マクロレベルとしてみると、単一細胞の活動だけでは説明できそうにない速いリズムのオシレーションが「創発」している。
3.その超高速オシレーションの電流源はプルキンエ細胞層にありそうで、距離に伴って同期の程度が減衰する。
4.この超高速オシレーションは、AMPA成分を抑えるとより強くなる、けどGABAa受容体をブロックするとその増強がかなり抑えられる。
5.カンナビノイド受容体を活性化させると(この受容体は、抑制性介在ニューロンのプレシナプスにあって、活性化されると、そのシナプス伝達をブロックするらしい)、オシレーションが強くなる。
6.プルキンエ細胞を想定した抑制性の回帰的な回路のシミュレーションから、超高速オシレーションを再現できる。
7.シミュレーションから予測されるように、速い抑制性のシナプス伝達が実際の成体の小脳スライス標本で確認された。
8.麻酔をしていない動物のオシレーションは、周波数はさらに速くなるが、オシレーションの仕組みは共有していそう。
といった点。

こちらは、方法論的にかなりいろんなことをやっている。

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何を学ぶ?

(ここから、つぶやきモード炸裂でいきます)

これらの論文は、何かがわかってスッキリ!、というタイプではなく、?????といろんな疑問がわく論文である。読んでももう一つ消化しきれない。。。

けど、新しい現象を報告する論文は、得てしてこういうワクワク感(湧く湧く感?)を持てて楽しい。

これらの論文に対する解説記事(Preview)が載ってはいるが、この解説記事も二つの論文を統合的に扱うのが難しそうなニュアンスが伝わる。


一番気になる点は、
この二つの論文で見ているオシレーションは、同じか?それとも違うか?
という点。

周波数帯域が違う。だから違う。

というのは悪くないし、扱いやすい。

けど、2番目のin vivoの論文では、なぜガンマ、VFOが見れていないのか?
in vivoの現象は、実際の脳で起こっていることなわけで、彼らがVFO以下のオシレーションを見ていないことは注目に値する。(おそらく、これは論争の火種になりそうな気がする。)

一般的に、スライスのオシレーション研究は、相当に注意して解釈しないといけない。実際、前者の論文のオシレーションの波形は、データによって相当ばらついている。同じオシレーションなのか?とすら思えるような違いがそこにある。

スライス実験での温度か何かのパラメーターを少し変えたら、VFOの周波数がもっと上がったらどうするか?


では、二つの論文で見ているオシレーションは同じかも?、と考えてみる。

と考えた時、ガンマとVFO、どっちが後者の論文のオシレーション(Previewに従ってVHFOと呼ぶ)と同じなのか?という問題にまず直面する。

第一感は、VFOとVHFOが同じ。
なぜなら、周波数帯域が近いから。

けど、問題はメカニズム。GABAa受容体の貢献は、二つの論文で完全に食い違っている。前者の論文は、GABAa受容体をブロックすると、VFOがブーストされ、後者の論文では、静脈注射ではあるが、GABAa受容体のブロックは、VHFOを抑える方向に働く。

では、ガンマとVHFOが同じ、と強引に考えてみる。
確かに、上のGABAa受容体の矛盾は説明できそうな気もする。が、それほど周波数が違って良いのか?

個人的には、次の問題をとりあえず知りたい:
1.3つのオシレーションは、どんな脳状態とリンクするのか?ネズミのヒゲ刺激によって発生したりするか?
2.VHFOに、ギャップ結合はどう絡むか?

2はVHFOのメカニズムのことだけど、このメカニズムに関して、Previewに衝撃?の事実が指摘されている。カンナピノイド受容体の活性化に使ったドラッグ、実はPタイプのカルシウムチャネルも活性化させるらしい。。。Previewで書かれている別の解釈、なかなか強烈である。なので、後者の論文でのカンナビノイドがらみの議論は、完全に否定される可能性がある。

とすると、プルキンエ細胞同士の回帰的結合によってVHFOが発生するのでは、という著者の見解は、誤りかもしれない。(完全に否定はされないだろうけど)

ついでに言うと、彼らのプルキンエ細胞の相互相関解析は、どうも同一テトロードから取れた細胞同士で調べている節がある。これは危険である。スパイクソーティングのアーティファクトの可能性も完全には排除できない気もしないでもない。(フォローとして、彼らのスパイクソーティングはしっかりしているようではある。)

LFPで見れているとはいっても、顆粒細胞に入っているコケ状繊維は超高速で活動できるから、LFPやMUAだけを根拠にプルキンエ細胞集団で超高速オシレーションが出る、とも言えるのか、(current source densityを調べたデータがあるから、自分の解釈は誤っているとは思うが)、この点は自分の理解を超えている。

プルキンエ細胞集団はガンマで、その入力部分、あるいは閾値以下の活動がVFOやVHFO的な超高速オシレーション、と考えるのはどうか?自分ではこれ以上よくわからん。。。

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それはともかく、最も重要な問題は、
オシレーションが発生して、どうなの?
ということ。つまりは機能の問題。

ネットワーク的には、エネルギーを大幅に節約できる。そういう意味で、神経系にメリットがあるのは正しい(たぶん)。脳はエネルギーをたくさん使うから、生物学的には、オシレーションがバインディングや意識にどうこうとか言う以前に、そういう視点から考えてみるのは良い気がする。この豊かな時代では忘れられがちだけど、ヒト以外の動物はみな、食べるのに苦労している。ということは、燃費を如何に高めるか、という問題は深刻な問題な気がする。「脳内環境・エネルギー問題」というのは、神経情報処理を考える上で、やはり避けて通れない。昨今のガス高にあわせて、こういうこともいままで以上にまじめに考えるのは良いかもしれない。

機能に関連するかわからないが、小脳内のギャップ結合の回路も含めた回帰性回路というのは、非常に気になる(ギャップ結合のネットワークも「回帰性」と呼んで良いのか知らんが)。回帰性回路という点で、大脳新皮質と小脳、アブストラクトなところ、本質的なところでどう違うのか?その辺を考えつつ、小脳と他の領域との回路との関係を考えれば、今回のオシレーションの機能を考える上で何か洞察が得られるのだろうか。

これから小脳のオシレーションはちょっと流行る気がする。

と長くなったので、ここでやめます。

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扱った文献
Neuron. 2008 Jun 12;58(5):763-74.
High-frequency network oscillations in cerebellar cortex.
Middleton SJ, Racca C, Cunningham MO, Traub RD, Monyer H, Knöpfel T, Schofield IS, Jenkins A, Whittington MA.
小脳スライス標本で初めてガンマ・オシレーションとVFOを再現して、それぞれのオシレーションのメカニズムの一部を明らかにした。

Neuron. 2008 Jun 12;58(5):775-88.
High-frequency organization and synchrony of activity in the purkinje cell layer of the cerebellum.
de Solages C, Szapiro G, Brunel N, Hakim V, Isope P, Buisseret P, Rousseau C, Barbour B, Léna C.
生きているラットの小脳から超高速オシレーションを計測し、そこに潜むメカニズムに、薬理実験、シミュレーション、スライス実験も組み合わせ迫っている。技術的な点でもインパクトがある。

Neuron. 2008 Jun 12;58(5):655-8.
Causes and consequences of oscillations in the cerebellar cortex.
De Zeeuw CI, Hoebeek FE, Schonewille M.
上の二つの論文の解説記事。これまで報告されている小脳のオシレーションをまとめ、二つの論文の簡単な説明と今後の課題、そしてオシレーションの機能について議論している。

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