12/22/2007

聴覚機能を支えている遺伝子たち

聴覚機能はどんな遺伝子たちに支えられているか?

そんな問題意識で調べた論文を、独断と偏見で、調べた範囲内でまとめてみる。ちなみに、聴覚機能と言っても、主に蝸牛で働いている遺伝子たちの話(例外もあり)。この分野は、今回取り上げた論文を読んで初めて知ったことばかりなので、情報の精度はいつも以上に低いです。。。(誤り訂正等は大歓迎です。よろしくお願いします。)

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1.総説
まず総説を二つ。

Trends Mol Med. 2006 Feb;12(2):57-64. Epub 2006 Jan 10.
From deafness genes to hearing mechanisms: harmony and counterpoint.
Petit C.

途中から細かい話も登場するが、この分野の概要を理解するには最適な総説か。著者のPetitは、この分野の大御所的存在のようだ。

この総説ではまず、聴覚障害について解説がある。続いて、感覚神経性難聴(sensorineural deafness)と遺伝の関係が解説され、具体的な遺伝子と聴覚障害との関係がまとめられている。最後に、この分野の展望を議論している。

多くの研究は、マウスの分子生物学・分子遺伝学の成果によるところが多いようで、マウスの研究が人の聴覚障害の研究にどれくらい貢献できるか、そのメリットと課題について触れている。最後に、実際の成体を扱ったin vivoの研究の必要性を強調している。

論文中のBoxやTableも良い情報。

ちなみに、以下を読み進める上での参考情報をここで。
感覚神経系難聴のうち非シンドロームタイプ(non-syndromic forms)をさらに細かく区別する時にDFN, DFNA, DFNBという呼び方がされる。
DFNとは、X染色体とリンクした難聴。
DFNAとは、常染色体優勢遺伝の難聴。
DFNBとは、常染色体劣勢遺伝の難聴。
それぞれの遺伝子座が特定される度にDFNB1といった番号が割り当てられていくようだ。

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もう一つ総説。
Nat Genet. 2001 Feb;27(2):143-9.
A genetic approach to understanding auditory function.
Steel KP, Kros CJ.

少し前の総説になるが、こちらも蝸牛、特に内有毛細胞、外有毛細胞の機能と関連した遺伝子群についてまとめられている。


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2.Petitの研究
Petitの研究で面白いと思ったものを二つ。

Cell. 2006 Oct 20;127(2):277-89.
Otoferlin, defective in a human deafness form, is essential for exocytosis at the auditory ribbon synapse.
Roux I, Safieddine S, Nouvian R, Grati M, Simmler MC, Bahloul A, Perfettini I, Le Gall M, Rostaing P, Hamard G, Triller A, Avan P, Moser T, Petit C.

オトファーリン(Otoferlin)という、聴覚障害のうち常染色体劣勢遺伝の候補遺伝子として見つかった遺伝子がある。この論文でその機能を明らかにしている。

このオトファーリンは内有毛細胞(inner hair cells)のシナプス部位にいて、カルシウムと結合して、シナプス小胞のエキソサイトーシスを制御する重要なタンパク質(syntaxin1とSNAP25)と相互作用することがわかった。このオトファーリンを欠損させると、そのエキソサイトーシスが完全に止まる。したがって、オトファーリンは、有毛細胞から聴覚神経への情報伝達に必要不可欠だということがわかった。


Nat Genet. 2006 Jul;38(7):770-8. Epub 2006 Jun 25.
Mutations in the gene encoding pejvakin, a newly identified protein of the afferent auditory pathway, cause DFNB59 auditory neuropathy.
Delmaghani S, del Castillo FJ, Michel V, Leibovici M, Aghaie A, Ron U, Van Laer L, Ben-Tal N, Van Camp G, Weil D, Langa F, Lathrop M, Avan P, Petit C.

常染色体劣勢遺伝で、DFNB59の候補遺伝子を発見したという話。その遺伝子の名はpejakin。面白いのは、この遺伝子は内有毛細胞ではなく、その後の聴覚経路(下丘まで)のニューロンで発現しているという点。機能はわかっていないが、変異を入れたpejakinを「ノックイン」したマウスは聴覚障害を起こす。つまり、内有毛細胞以外の聴覚経路が正常に機能するのにこのpejakinは必要、ということになりそう。

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3.TMC1と聴覚障害
2002年に同定された遺伝子TMC1に関連した論文を3つ。

Nat Genet. 2002 Mar;30(3):277-84. Epub 2002 Feb 19.
Dominant and recessive deafness caused by mutations of a novel gene, TMC1, required for cochlear hair-cell function.
Kurima K, Peters LM, Yang Y, Riazuddin S, Ahmed ZM, Naz S, Arnaud D, Drury S, Mo J, Makishima T, Ghosh M, Menon PS, Deshmukh D, Oddoux C, Ostrer H, Khan S, Riazuddin S, Deininger PL, Hampton LL, Sullivan SL, Battey JF Jr, Keats BJ, Wilcox ER, Friedman TB, Griffith AJ.

DFNA36とDFNB7と11の原因遺伝子としてこのTMC1という遺伝子が発見された。TMCとはtransmembrane cochlear-expressed geneの略。

この論文の興味深い点は2つ。第一に、この遺伝子はdnマウスというすでに知られていた難聴マウスの原因遺伝子でもあったという点。このマウスを対象に、より基礎的な研究が可能ということになる。第二に、そのマウスをモデルにした研究から、この遺伝子はマウスが生まれた後(P5から)に有毛細胞で発現し始めるという点。機能は現時点でもまだわかっていないようだが、先天的な進行性聴覚障害の鍵を握る遺伝子ということになるか。


Nat Genet. 2002 Mar;30(3):257-8. Epub 2002 Feb 19.
Beethoven, a mouse model for dominant, progressive hearing loss DFNA36.
Vreugde S, Erven A, Kros CJ, Marcotti W, Fuchs H, Kurima K, Wilcox ER, Friedman TB, Griffith AJ, Balling R, Hrabé De Angelis M, Avraham KB, Steel KP.

同じ研究グループが、上の論文と同時に発表した論文。ENUという化学物質を使って、マウスのDNAにランダウに変異を起こすプロジェクトで偶然見つかった難聴マウス、ベートーベン(Beethoven)の報告。実はこのマウスもdnマウスと同様、TMC1に変異を持つ。


J Comp Neurol. 2008 Jan 20;506(3):442-51.
Maturation of auditory brainstem projections and calyces in the congenitally deaf (dn/dn) mouse.
Youssoufian M, Couchman K, Shivdasani MN, Paolini AG, Walmsley B.
dnマウスの聴覚経路の解剖。生後発達に注目している。聴覚神経の蝸牛核側の神経終末をエンドバルブと言うが、そのサイズがdnマウスでは減少していることがわかった。


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4.蓋膜の働き
蝸牛は大まかには3つのピースから成る。

蓋膜(tectoial membrane)
コルチ基(organ of Corti)
基底膜(basilar membrane)

コルチ基は、基底膜と蓋膜にサンドイッチされている。ちょうど上で書いた通り。

コルチ基に内有毛細胞がいて、聴覚神経に主な聴覚信号を伝える。基底膜は、いわゆるフーリエ変換的な音の周波数分解をして、内有毛細胞に振動情報を伝える。

では、蓋膜は何をするか?

コルチ基にある外有毛細胞を介して蓋膜は基底膜と物理的につながっている。共鳴を起こして信号増幅、周波数チューニングに関わっているのではないかという説はあったようだけど、よくわかっていなかった。けど、Richardsonたちのグループが立て続けに重要な事実を明らかにしている。

Neuron. 2000 Oct;28(1):273-85.
A targeted deletion in alpha-tectorin reveals that the tectorial membrane is required for the gain and timing of cochlear feedback.
Legan PK, Lukashkina VA, Goodyear RJ, Kössi M, Russell IJ, Richardson GP.

という論文では、α-Tectorinがなくなって、外有毛細胞を介した物理的な連絡がなくなる(減少する)とどうなるか?という疑問を立てて研究している。α-Tectorinは蓋膜を構成するタンパク質の一つ。

研究では、その遺伝子の3番目のエクソンを欠損したマウスを作成して、蝸牛の働きを調べている。その結果、コルチ基と基底膜の形は正常だけども、働きがおかしくなることがわかった。具体的には、基底膜の感度が落ち、通常見られるはずの蝸牛内の共鳴器的な働きが悪くなっていることがわかった。


Nat Neurosci. 2005 Aug;8(8):1035-42. Epub 2005 Jul 3.
A deafness mutation isolates a second role for the tectorial membrane in hearing.
Legan PK, Lukashkina VA, Goodyear RJ, Lukashkin AN, Verhoeven K, Van Camp G, Russell IJ, Richardson GP.

α-Tectorinのアミノ酸置換を起こしたマウスに注目している。このマウスは、先天性聴覚障害を持つオーストラリアのとある家系のモデル動物。

このマウスは、上のマウスと同様、蓋膜の異常はあるけども、コルチ基との接点は残っているらしい。この研究の驚きは、蓋膜とは関連していないと考えられていた内有毛細胞に機能的なリンクが見つかったということ。具体的には、変異マウスで、内有毛細胞のチューニングが大きく変化していることがわかった。基底膜を的確に揺らすのに蓋膜と外有毛細胞との正常な接点が大事、ということになりそう。


Nat Neurosci. 2007 Feb;10(2):215-23. Epub 2007 Jan 14.
Sharpened cochlear tuning in a mouse with a genetically modified tectorial membrane.
Russell IJ, Legan PK, Lukashkina VA, Lukashkin AN, Goodyear RJ, Richardson GP.

今年報告された論文では、蓋膜を構成する別のタンパクβ-Tectorinに注目している。この遺伝子をノックアウトすると、低周波数帯域の感知にだけ異常が生じることがわかった。つまり、基底膜で起こるであろう周波数分解の性能に蓋膜は関わるだろう、ということになりそう。

ということで、基底膜、コルチ基、蓋膜が三位一体となって、複雑な仕組みで音の振動が変換されているようだ。

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5.TRPチャネル
Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Dec 4;104(49):19583-8. Epub 2007 Nov 28.
A helix-breaking mutation in TRPML3 leads to constitutive activity underlying deafness in the varitint-waddler mouse.
Grimm C, Cuajungco MP, van Aken AF, Schnee M, Jörs S, Kros CJ, Ricci AJ, Heller S.

ごく最近発表された論文。TRPチャネルが聴覚系でも働いているということを報告した論文。

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何を学ぶ?

とにかく基礎知識を身につける上でも非常に勉強になった。。。

それはともかく、第一に学んだことは、蝸牛レベルですでに超複雑、ということ。
まだわかっていないことがいろいろありそう。例えば、Richardsonたちの研究を考えると、基底膜・内有毛細胞の活動を蓋膜が支えているわけで、蝸牛というシステムがどう働いているのか、実はよくわかってないということになりそう。彼らの研究は、人工内耳の新しいストラテジーを考える上でも参考になる気もする。入力をよりバイオロジカルな事実に基づいて最適化できれば、もっとスムースに脳の可塑性を引き起こせるのかもしれない。

第二に学んだことは、geneticsの環境が整っている現状。
マウスを中心にこれだけgeneticsの研究が発展しているということは、より中枢レベルの研究にも間違いなく応用されていきそう。個人的には、ここで扱ったPetitの研究の応用に興味が沸く。これまでの聴覚研究はネコ、モルモット、ラット中心で行われてきた気がするけど、これから数年でマウスの聴覚研究は間違いなく注目を浴びると思われる。長期的にはバレルよりも良い気もする。なぜなら、感覚刺激の制御が圧倒的にやりやすいから。それにハイスピードで耳たぶの動きまでモニター、ということは必要なさそうだし運動系との関連は少なそう。マウスがどんな知覚をしているか人でも何となく空想できそうな気もする。。。(バレル系のイリュージョンなんて想像できない。)ただし、聴覚の場合は自分が発する音・振動をどうするか、という問題は残るか。これはかなりやっかいな問題。ハエの聴覚研究は今のところあまり聞かないし、聴覚という点だけで考えれば、ハエよりも良いモデル生物とは言えそうか。

1 comment:

Anonymous said...

マウスの難聴について検索をかけたところ、こちらにめぐり合いました。
reviewの紹介など、参考になりました。ありがとうございます。