9/22/2007

個性豊かな抑制性ニューロンのルーツを探る:パート2

大脳皮質の多様な抑制性ニューロンは、興奮性ニューロンとは異なる場所で誕生し、大脳皮質へ移動してくる。違う種類の抑制性ニューロンは、違う場所・違う時期に誕生していることがわかってきた。分子生物学を中心とした研究から、多様な抑制性ニューロンのルーツが少しずつわかってきた。

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前回のエントリーに引き続き、多様な抑制性ニューロンのルーツの話。今回も長いが、まず前回のエントリーのおさらいから始める。

大脳皮質のニューロンには、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンがいる。ギャバという神経伝達物質を使って信号を伝える抑制性ニューロンはとても多様で、その多様性をはかるモノサシとして、(1)細胞の形、(2)細胞で働いている遺伝子たち、(3)電気的な活動の仕方、の3つがある、ということだった。

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今回のエントリーでは、その多様性の起源の話をする。この分野は、「神経発生」の一つの研究トピックでもある。

ここでの大きな問題の一つは、抑制性ニューロンの多様性は、いつ、どこで、どうやって生じるか?どんな抑制性ニューロンが、いつ、どこから生まれるか?ということ。

誤解を恐れず手短に答えると、胎児期の脳の「基底核原基」というところで、抑制性ニューロンは生まれる。その基底核原基の異なる場所で、異なる時期に、異なる種類の抑制性ニューロンが生まれては、将来、大脳皮質になるところまで移動して回路を形成していく。そんな様子が、2000年頃から急速にわかってきた。

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なお、今回扱う内容は、主にマウスの研究に基づいている。マウスでは、生まれる前の胎児期に、抑制性ニューロンの多様性のルーツを見ることができる。なので、今回は主にその胎児期の話ということになる。今回は、どこで抑制性ニューロンが生まれるか?という問題に力点を置く。生まれた後、回路に組み込まれるまでの経過は詳しく扱わない。

また、今回も「抑制性ニューロン」という呼び方をする。しかし、実は生まれてしばらくの間、このニューロンはシナプスを作った相手に「興奮性」の信号を伝えている。なので、本当は、「ギャバ性ニューロン」「ギャバ作動性ニューロン」と呼んだ方がより適切ではある。細かい話だが、一応断っておく。

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専門用語について

今回の話を理解する上で、どうしても知っておきたい用語がある。少し長くなるが、まずはその紹介から。(すでにご存知の方は、ここを飛ばしていただいて問題ないです)

1.終脳telencephalon
いわゆる「大脳(cerebrum)」。大脳皮質(cerebral cortex)、嗅球 (olfactory bulb)、大脳基底核(basal ganglia)、辺縁系(limbic system)からなる。

今回扱う胎児期の脳では、一番先端部分とでも言ったら良さそう。胎児期の終脳は、将来、大脳皮質などができる場所にあたる。

さらに詳しい解説は、日本語wikipedia英語版に。ウェブで見つけた図は、胎児期の脳をイメージする上でわかりやすい。

2.背側(はいそく、dorsal)、腹側(ふくそく、ventral
一般的な解剖用語。
脳科学では、脳を区分けして、方向・位置を呼び分ける時に使う。例えば、
A核という神経核があった場合、基本的には、上の方を背側、下の方を腹側、と呼ぶ。「背側A核」、「腹側A核」といった具合で使う。

3.内側(ないそく、medial)、外側(がいそく、lateral
こちらも脳の区分け・指示用語。上で紹介した背・腹側と角度が
90度違う。文字通り、脳の内側(うちがわ)を内側、外側(そとがわ)を外側と呼ぶ。

今、脳を垂直に輪切りしたとする。
   背側
外側
内側 外側
   腹側
といった具合になる。

4.吻側(ふんそく、rostral)、尾側(びそく、caudal
脳の前後方向の区分け用語。吻は接吻の吻。つまり、くちびる側。前方を吻側、後方を尾側と呼ぶ。

今、脳を水平に(前から後ろに)輪切りしたとする。
   吻側
外側
内側 外側
   尾側
といった具合になる。(ここでは、上が前方、口側)

なお、これらの解剖学の方向用語については、日本語wikipedia英語版などがある。

5.基底核原基ganglionic eminence
今回の超重要キーワード。
胎児期の終脳の「腹側」領域(
subpallium)にある。文字通り、基底核の原基。もともとは大脳基底核という場所の主要なニューロンが生まれる場所としてその名がつけられた。が、今回紹介するように、将来、大脳皮質の抑制ニューロンになる細胞が生まれる場所でもあることがわかってきた。

ウェブで見つけた図は、以上の解剖用語をおさらいする上で良さそう。

その図は、胎児期の終脳の輪切りで、その腹側LGEMGEというラベルがつけられている。GEとは基底核原基の略称。L外側M内側になる。つまり、LGEは外側基底核原基、MGEは内側基底核原基だ。

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さて、ここからが今回のメイントピック、抑制性ニューロン多様性のルーツについて、もう少し詳しく見てみる。


どこで生まれ、どのように移動するか?:興奮性ニューロンとの違い


大人の大脳皮質にいる興奮性ニューロンと抑制性ニューロンという
2種類のニューロンは、生まれる場所がそもそも違う。そして、生まれた後、働くべき最終目的地まで移動するルートが違う。

興奮性ニューロンは、脳室帯ventricular zoneVZ)という、終脳の背側にある領域で生まれ、表面方向へ向かって、垂直に移動して目的地へ到達する。

一方、多くの抑制性ニューロンは、終脳の腹側(subpallium)にある「基底核原基」で生まれ、興奮性ニューロンと直行するように、脳の表面と平行に移動してくる。つまり、抑制性ニューロンは、終脳の腹側から背側へ、下から上へ大移動する「細胞移民」とでも言ったら良いかもしれない。例えば、海馬は、その移動先の最も遠い場所に当たる。

このように、抑制性ニューロンは、興奮性ニューロンとは、生まれる場所、移動の仕方、が違う。けど、共通点もある。

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どのように配置されるか?:興奮性ニューロンとの共通点

大脳新皮質は、できあがったら6層構造になる。脳の表面から1から6層と数える。その層構造のでき方、細胞の配置のされ方は、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンは共通のルールを持っている。

それは「インサイド・アウト」というルール。

まず、興奮性ニューロンについて。
大脳新皮質は、まず
1層にあたる場所ができた後、6、5、4、3、2層という順番で出来上がっていく、細胞が積み上がっていく。

脳室帯(
VZ)で生まれた興奮性ニューロンが、まず将来の6層になる層を1つ作る。次に生まれた細胞はその層を通り抜けて、つまり、内から外へ細胞が移動して次の5層を作る。次に4層、3層、そして2層ができる。こうして、6層構造ができあがる。

サンドイッチのアナロジーで、もう少しイメージしやすく。
食パンを
2枚用意して重ねる。まず、その間にチーズ(6層)を挟む。次に、ハム(5層)をチーズの上に挟み込む、次に卵、、、、そんな感じで「大脳新皮質サンドイッチ」ができあがっていく。

抑制性ニューロンの配置のされ方も似ている。
初期に生まれたニューロンは深い層に多く、後に生まれたニューロンは表面側に多く配置される。このように、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンは、「インサイド・アウト」というルールを共有している。

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多様性のルーツはどこにあるか?

上で、「基底核原基」で大脳皮質の抑制性ニューロンが生まれる、と書いた。その基底核原基の異なる場所から、異なる種類の抑制性ニューロンが生まれることがわかってきた。少なくともそこに多様性のルーツがありそうだ。

もちろん、実際の研究は現在進行中で、新しいことが次々とわかっている状況だ。最新の状況を把握しきれているわけではないが、自分の理解している範囲でまとめてみようと思う。

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3分割できる基底核原基

現在、基底核原基は、少なくとも3つの領域に分けて研究が進められている。内側外側尾側の3つの領域に分けられる。

例えば、胎児期の終脳の左半球、その基底核原基を上から見ると、
外側 
内側
  尾側
といったイメージ。

そのうち、内側と尾側の基底核原基から様々な大脳皮質の抑制性ニューロンが生まれる。一方、外側の基底核原基の貢献度は、マイナーである。この説は、この数年でコンセンサスが得られてきたようである。

つまり、内側と尾側が重要、ということになる。

基底核原基を内側と尾側に区別するからには、そこから生まれる抑制性ニューロンの種類が違う。前回のエントリーで、抑制性ニューロンを区別する遺伝子として3つ例を挙げた。ここでは、
PVSOMCRという略号だけで紹介する。その3つの遺伝子・タンパク質は、抑制性ニューロンを区別するモノサシとなる。

内側基底核原基から生まれる抑制性ニューロンは、将来PVSOMというタンパク質が存在するニューロンになる。尾側から生まれるニューロンは、将来CRが存在ニューロンになる。

内側基底核原基から生まれる抑制性ニューロンの理解が進んでいる。
ごく最近発表された研究によると、少なくとも10種類の抑制性ニューロンが、内側基底核原基から生まれていそうだ。また、内側基底核原基と言っても、胎児期の違う時期にそこで生まれたニューロンは、違う種類の抑制性ニューロンになることもわかってきた。つまり、場所だけでなく、時間、という軸も、多様性のルーツを探る上で重要になりそうだ。

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基底核原基以外で生まれる抑制性ニューロン

「多様性」は、やはり単純ではない。基底核原基以外から生まれている大脳皮質の抑制性ニューロンもいそうで、多様性の幅を広げている。

中隔領域septal region)と脳室帯周辺の二つについて紹介してみる。いずれもまだ研究例が少なく、コンセプトとしてはまだ確立していないようだが、注目に値しそうである。

まず中隔領域は、基底核原基の内側で吻側に位置している。そこからも大脳皮質の抑制性ニューロンが生まれていそうだとする研究が報告されている。そこで生まれた抑制性ニューロンがどのような種類で、最終的に、どこでどのような働きをするかは、これからの研究を待つ必要がありそうだ。


次に、脳室帯といえば、興奮性ニューロンが生まれて移動開始地点だった。実は、その周辺で抑制性ニューロンが生まれている、という大胆な説がある。しかも、ヒトの脳でそれが起こっていると唱えられている。

その研究では、ヒトの脳では、基底核原基の倍くらい多くの抑制性ニューロンが、実はその脳室帯周辺から生まれているという証拠を提示している。つまり、基底核原基はマイナーということになる。

確かに、ヒトの脳は巨大だから、基底核原基からわざわざ大移動するよりも、はるかに効率が良さそうだ。マウスとは全然違うルールで、ヒトの脳では抑制性ニューロンは生まれ、移動するのか、今後の追試、研究を待つ必要がありそうだ。

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次回は、この分野の最新研究を具体例として紹介してみようと思う。

参考文献

今回紹介した研究分野では、RubensteinFishellという2大研究者がこの分野を牽引している。以下の文献は、主にその二つの研究者、もしくはそのお弟子さん?の研究が中心になる。

1.総説
今回紹介した内容に関する総説を二つ。

Annu Rev Neurosci. 2003;26:441-83. Epub 2003 Feb 26.
Cell migration in the forebrain.
Marín O, Rubenstein JL.

Nat Rev Neurosci. 2006 Sep;7(9):687-96. Epub 2006 Aug 2.
The origin and specification of cortical interneurons.
Wonders CP, Anderson SA.

前者は、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンの移動の仕組みについて、包括的にまとめられている。後者は、抑制性ニューロンの発生に関する総説。後者は特にお薦め。

2.Development. 2001 Oct;128(19):3759-71.
In utero fate mapping reveals distinct migratory pathways and fates of neurons born in the mammalian basal forebrain.
Wichterle H, Turnbull DH, Nery S, Fishell G, Alvarez-Buylla A.

細胞移植実験によって、内側基底核原基が皮質抑制性ニューロンの主要なソースだということを明らかにしている。

3.Nat Neurosci. 2002 Dec;5(12):1279-87.
The caudal ganglionic eminence is a source of distinct cortical and subcortical cell populations.
Nery S, Fishell G, Corbin JG.

尾側基底核原基は、遺伝子レベルでも、抑制性ニューロンのソースとしても、内側基底核原基と明確に異なることを明らかにしている。

4.Neuron. 2005 Nov 23;48(4):591-604.
The temporal and spatial origins of cortical interneurons predict their physiological subtype.
Butt SJ, Fuccillo M, Nery S, Noctor S, Kriegstein A, Corbin JG, Fishell G.

細胞移植実験と電気生理実験を組み合わせて、抑制性ニューロンの多様性のルーツを探っている。非常に画期的な研究で、神経発生に興味のない人にもお薦めできる研究。

この研究では、内側基底核原基の早い時期から、将来PV陽性のfast-spikingニューロンと呼ばれる、抑制性ニューロンの代表的な細胞が生まれること、より後期には、SOM陽性のregular spikingニューロンになるニューロンが生まれることがわかった。そして、尾側からも多様な抑制性ニューロンが生まれることを明らかにしている。

5.J Neurosci. 2007 Jul 18;27(29):7786-98.
Physiologically distinct temporal cohorts of cortical interneurons arise from telencephalic Olig2-expressing precursors.
Miyoshi G, Butt SJ, Takebayashi H, Fishell G.

次回、紹介予定の論文。研究では、内側基底核原基に注目している。最新の分子遺伝学に電気生理学を組み合わせて、上の4の論文でわかったことをより詳細に調べ直し、より信頼性の高いコンセプトを打ち立てている。

6.Nature. 2002 Jun 6;417(6889):645-9.
Origin of GABAergic neurons in the human neocortex.
Letinic K, Zoncu R, Rakic P.

ヒト大脳皮質の抑制性ニューロンの起源に関する論文。追試、もしくはこの結果をさらにサポートする研究が待たれる。

7.Development. 2004 Sep;131(17):4239-49. Epub 2004 Jul 27.
Compromised generation of GABAergic interneurons in the brains of Vax1-/- mice.
Taglialatela P, Soria JM, Caironi V, Moiana A, Bertuzzi S.

中隔領域が皮質抑制性ニューロンの一部を生んでいそうだ、とする研究。Vax1という転写因子をノックアウトしたら、その中隔領域が完全に、内側基底核原基の一部も消失し、大人の大脳皮質では30~40%の抑制性ニューロンが減少することを示した。

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