9/29/2007

個性豊かな抑制性ニューロンのルーツを探る:パート3

大脳皮質の大多数の抑制性ニューロンは、内側基底核原基で生まれる。今回紹介する研究では、特定の発生時期に内側基底核原基から由来する細胞を追跡できる方法を開発。そして、構造・機能的に10種類に分類できる抑制ニューロンが、異なる時期に生産されることを明らかにした

大脳皮質の多様な抑制性ニューロンのルーツを探るシリーズ第三弾。

第一弾では、大脳皮質の抑制性ニューロンの多様とその中のルールについて、第二弾では、その抑制性ニューロンは終脳の腹側にある基底核原基、特にその内側と尾側から誕生することを紹介した。

今回は、実際の研究例の紹介。
2ヶ月ほど前に
Journal of Neuroscienceで発表された研究を紹介する。

論文の情報はこちら。
J Neurosci. 2007 Jul 18;27(29):7786-98.
Physiologically distinct temporal cohorts of cortical interneurons arise from telencephalic Olig2-expressing precursors.
Miyoshi G, Butt SJ, Takebayashi H, Fishell G.

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どんな研究か?

まず遺伝子組み換え技術を使って、内側基底核原基で生まれた細胞の運命を追跡できるようにする。そして、生後2~3週間の脳で、内側基底核原基から移動してきた抑制性ニューロンの形、遺伝子発現、電気的な活動特性を調べて、多様な抑制性ニューロンのルーツに迫っている。

この研究から、特定の抑制性ニューロンは継続的に誕生し続ける一方、別の抑制性ニューロンは、胎児期の特定の時期に誕生することが見えてきた。また、電気活動と細胞形態による分類から、内側基底核原基から少なくとも10種類の抑制性ニューロンが誕生していることがわかった。

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研究の詳細 (ここからは手元に論文をご用意ください。PDFこちら

具体的な問題意識は、大脳新皮質にいる多様な抑制性ニューロンは、どの発生時期に由来するか?ということ。どこ?に関しては、内側基底核原基(以下MGE)に焦点を絞っている。

研究戦略はこうだ。

まずolig2という遺伝子に注目している。なぜなら、olig2のプロモーター制御下でCreERが発現するドライバーマウスがすでに存在しているから。そのマウスにEGFPレポーターマウスをかけ合わせる。

このマウスに、タモキシフェンを胎児期に与えると、その時期にolig2(正確にはそのプロモーター)が働く細胞でloxPで挟まれた部分が飛び、EGFPが発現するようになる。そして、EGFPを発現した細胞運命をたどれる(fate-mappingできる)という仕掛け。

この分子遺伝学に、従来の抑制性ニューロンの研究方法を組み合わせている。つまり、どのタイプの抑制性ニューロンがどの発生時気に由来するかを、細胞形態、遺伝子発現、電気生理特性に基づいて解析している。

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次に、個々の図を見ていく。

遺伝学はどう働いたか?

Fig. 1は、いわばキャリブレーション実験。
パネル
Dは、nkx2.1olig2の発現の一致具合。MGEの大部分でnkx2.1olig2の発現が重複していることが最大のポイント。ただ、完全に重複しているわけではない。olig2は外側(LGE)と尾側(CGE)でも若干の発現が観察されている。

なぜnkx2.1との重複を調べたか?

nkx2.1は、MGEを定義している有名なマーカー遺伝子だから。ちなみに、nkx2.1をノックアウトすると皮質の抑制性ニューロンの大多数ができない。つまり、大人の大脳皮質で、MGE由来の抑制性ニューロンが欠落してしまう。

パネルE以降の写真は、トランスジェニックマウスからのデータ。
このマウスにタモキシフェンを与えたのは、
E9.5, 10.5, 12.5, 15.5の4つの時期。それらの時期にolig2陽性だった細胞のfate mappingをすることになる。

パネルEからH
タモキシフェンを与えた翌日、
EGFPが発現していた細胞の分布を調べている。まばらで、基本的にはMGEに限局していたようだ。上のパネルDの説明で、olig2LGECGEにも発現が認められると書いた。一見、これは問題のように思える。なぜなら、MEG由来の抑制性ニューロンを追跡したいから。つまり、「純度」が落ちるから。が、この一日後のEGFPの発現で、その心配は軽減される。

なお、タモキシフェンの投与量によって、EGFPを発現する細胞に差が出るようだ。たくさん投与すると、確かにLGECGEでもEGFPを発現しているニューロンがいたそうだ。ということで、タモキシフェンの投与量は、EGFPの発現がMGEにできるだけ限局するような(”near-exclusive”という表現を使っている)量にしたそうだ。

以降の解析はすべて生後2~3週間の脳で調べている。EGFPを発現するニューロンは、大脳新皮質へ移動して回路に組み込まれる。その組み込まれた時点での特徴をいろんな観点で調べるわけだ。

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インサイド・アウトの確認

Fig. 2では、抑制性ニューロンが「インサイド・アウト」で回路に組み込まれていったことを確かめている。このインサイド・アウトについては前回のエントリーでも紹介した。

E9.5E10.5の早い時期に由来するニューロンは主に5、6層に、E15.5と遅い時期に由来するニューロンは主に2/3層に組み込まれている。この知見そのものは新しくない。が、より洗練された方法で再確認した点がポイント。

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タンパク質で区別した抑制性ニューロンたちの由来

Fig. 3の説明。今回の論文で重要データの一つ。
「多様性」の話だから、込み入った話になる。

ここでは、PV, CR, SST, VIPという4つのタンパク質に注目して、抑制性ニューロンを区別する。区別されたニューロンが、どの発生時期に由来するかを調べている。(SSTは過去のエントリーではSOMと略した。)

上述のように、4つの発生時期のいずれかからEGFPが発現するように細工してある。生後3週間の時点で、そのEGFPを発現しているニューロンが、4つのタンパク質のうちどれを発現しているか調べれば、特定の抑制性ニューロンの「生産日」を絞り込める。

図のポイントは、PV陽性ニューロンは継続的に、それ以外は特定の時期に生産されること。

まずパネルHが、4つのタンパク質が発現する抑制性ニューロンの「ベン図」。
その中で、最もわかりやすいのは
PV陽性細胞。他のタンパク質との重複はない。パネルIにあるように、今回調べた範囲では、PV細胞は継続的に生まれている。Fig.2とあわせて考えると、1層を除く全層にまんべんなく配置されていく、と解釈できそうだ。

次に、CR, SST, VIPが発現しているグループを考える。パネルJKがデータ。
おそらく、次のようにデータを見ていった方が良い。
まず、
SST陽性細胞VIP陽性細胞の二つに大きく分ける。なぜなら、SSTVIPの両方を発現しているニューロンはいないようだから。

では、その2種類の抑制性ニューロンは、どの発生時期に由来するか?

SST細胞は主にE12.5まで。VIP細胞はE15.5
つまり、
SST細胞生産モードからVIP細胞生産モードへスイッチする印象を受ける。層構造という点では、SST細胞は深め、VIP細胞は浅め、という解釈になりそうだ。

次に、CRという要素も含めて考えてみる。
継続的に生み出され、最も多く生み出されるのは
E15.5。ただし、SST細胞とVIP細胞でCRを発現しているニューロンもいる。

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ここから後半。さらに込み入ってくる。

9種類の活動パターン

Fig. 4
5は電気生理特性による区別。9種類に区別しているので、9通りの特徴が2つの図に渡って並べられている。dNFSは細胞形態によってさらに2種類に分けている。

多いので、まず3種類に分けてみる。
fast spiking (FS)intrinsic bursting (IB)、その他、の3つ。
分ける時は、ニューロンに電流を注入し、反応の仕方によって分ける。

FS細胞は、その名の通り、速く活動し続ける。もう一つ特徴は、スパイクの幅が狭い。電流注入後どれくらい遅れてスパイクが出るかで、さらに2種類に分類。FSdFSの2つ。

IB細胞は、バースト発火する。他のニューロンがバーストしない電流量でバースト発火する。電流注入後にリバウンド活動が起こるか否かで、さらに2種類に分類。iIBrIB

その他の細胞は、FS細胞でもIB細胞でもない。研究では、NFS1, NFS2, dNFS1, dNFS2, LS, iADの6種類に分けている。

そのうち、NFS1が特徴的。FS細胞に似てスパイクの幅が狭い。けど、スパイク後に見られる過分極成分AHPFSと違って小さい。それから、電流を注入し続けた時、活動がなまる。

NFS2は、電流注入後のスパイク潜時が遅くない。AHPはしっかり見れる。電流を流し続けた時、活動がなまる。

dNFS1, dNFS2, LSは、電流注入後のスパイク潜時が遅い。これらの3つを分ける手がかりは主に細胞形態らしい。LSとはlate-spikingLS細胞は、ニューログリアフォーム細胞がこの特性を示すことが知られている。今回もこの形態のニューロンをLS細胞と呼んでいる。

最後のiADは、NFS2と比べて、脱分極の立ち上がりとスパイク潜時が若干早いことが区別する手がかりになる。

まとめると、
FS・・・FS, dFS
IB・・・iIB, rIB

その他・・・NFS1, NFS2, dNFS1, dNFS2, LS, iAD

という分類。

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細胞形態

Fig. 6は、その10種類の細胞の形態を一部示している。
dNFS1dNFS2は細胞形態で区別されるべきだが、その例を示していないのは若干気になる。rADは、iADのタイポだと思われる。

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10種類の抑制性ニューロンたちの由来と配置

Fig. 7は、Fig. 3と並んで、今回の論文の目玉。

電気生理特性と形態から分けた10種類の抑制性ニューロンが、どの発生時期に由来するか、というデータ。それに加えて、層分布の情報も提供している。

細胞種によって、「生産モード」が切り替わっている様子が伺える。

例えば、FS細胞では、FSdFSは、E15.5でモードが入れ替わっている。dNFS2, LS, iAD細胞は主にE15.5ででき、確かに2/3層に集中している。これは重要な情報。IB細胞は逆にE15.5より前に出来上がっているようで、深い層に多い。

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まとめる。
olig2に注目して、MGE由来の抑制性ニューロンのfate mappingをして、異なる時期に、異なるタイプの多様な抑制性ニューロンが生じていることを明らかにした。

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研究の問題点

良い研究でも完璧な研究はない。
今回の研究でも気になる点がある。四つ挙げてみる。

第一に、olig2の特異性。
もし
MGECGEという区別にこだわりたい人は、今回olig2-CreERマウスを使ったことが気にいらないかもしれない。なぜなら、MGEと言えば、現時点ではnkx2.1が代表的遺伝子で、olig2が登場するのはやや唐突だし、発現の特異性も若干心配だから。

ただ、今回の研究は、olig2を基準として考えた抑制性ニューロンの多様性の起源、として捉えれば問題ない。


第二に、細胞分類の曖昧さ。
特に電気生理特性と形態に基づいて10種類に分けた点が非常に曖昧。例えば、
Table 1に数値データをまとめているが、サンプルした細胞でどれくらいデータがばらついていたのか、区別した細胞は、統計的にも区別できるのか示さないと、分類の根拠は弱い。

この点は、もっと客観的に統計的な方法で、「生データを入れれば、誰でも同じように区別できる」という方法を採用しないと、この点の混乱は解消されないだろう(と言ってPCAをやっても、データセットによって違うリスクあり)。

また、一個のニューロンでも、同じ電流量を注入する実験を繰り返した時、どれくらい反応がばらつくのか、その点も考慮に入れる必要がある気もするが、この点、自分は経験がないのでわからない。

ここで指摘した点に積極的に取り組んでいる研究は、まだないと認識しているが、重要な問題だと思う。


第三に、前半と後半のギャップ。
遺伝子発現を中心に調べた前半部分と、電気生理をやった後半部分を結ぶデータをしっかり提示して欲しかった。例えば、
NFS1細胞ではどの遺伝子が発現していたのか、といったこと。もちろん、一部の細胞は、テキストに記載はある。が、システマティックに調べたデータが図としてないのは、やや残念だ。

マウスとラットは若干違うので、ラットの研究の知見をそのままマウスに当てはめて良いのか、あまり自信はない。少なくともCR細胞とSST細胞に関しては違う。

最後は、マイナーなポイントだが、Creの非特異性の問題をクリアしていないと理解した。タモキシフェンを投与したのは短時間なので、おそらく大丈夫だと信じたい。が、Fig. 1で、olig2はすでに発現しなくなった、解釈しているEGFP陽性細胞が本当にそうなのか、一応コントロール実験で確認しておいた方が安心だろう。

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研究の重要さ

これらの問題はともかく、この研究は、遺伝学的に抑制性ニューロンの多様性の起源に迫った重要な研究。情報量が多い分、重要な情報もたくさん提供している。

論文のDiscussionでは、MGEと言えでも、遺伝子レベルでさらに細分化できる可能性も触れている。また、nkx2.1なりolig2を発現している細胞たちは、もともと1つの細胞種なのか、それとも多数の細胞種がすでに集まった集団なのか?という問題についても触れている。答えがビシッと決まるというより、少しずつ知識のギャップを埋めていく、というのが今後の研究方向になりそう。とにかく、いずれも抑制性ニューロンの多様性のルーツを知る上ではコアな問題になりそうだ。今回の研究はその問題を深く理解していく上で、足がかり的な研究になりそうだ。

話は変わるが、今、大人の大脳皮質で神経回路がどのように(How)働いているか知りたいとする。その場合、ネットワークを構成している要素が何で(What)、どこに(Where)あるか知ることも非常に重要。これまでWhatWhereに関しては、これまでいろいろ調べられてきた。けど、発生時期から成体までの時間軸(When)を追っていく研究分野とは、独立に進められてきた印象を受ける。今回の研究は、その独立に進んできた研究同士のギャップを埋める研究として、画期的な研究だと思う。Molecular Developmental Neurophysiologyとでも言ったら良いだろうか。

今回の研究は、生後2,3週の脳に絞って解析している。が、発生時期からその時期までの間を埋める研究も可能だし、大人の脳の研究へ応用可能かもしれない。その意味では、非常にポテンシャルを感じられる研究だ。

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参考情報

前回のエントリーで紹介した参考文献、特にButtらの研究がお薦め。
Fishell研究室のホームページ。なかなか気合いの入ったホームページとなっている。

9/22/2007

個性豊かな抑制性ニューロンのルーツを探る:パート2

大脳皮質の多様な抑制性ニューロンは、興奮性ニューロンとは異なる場所で誕生し、大脳皮質へ移動してくる。違う種類の抑制性ニューロンは、違う場所・違う時期に誕生していることがわかってきた。分子生物学を中心とした研究から、多様な抑制性ニューロンのルーツが少しずつわかってきた。

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前回のエントリーに引き続き、多様な抑制性ニューロンのルーツの話。今回も長いが、まず前回のエントリーのおさらいから始める。

大脳皮質のニューロンには、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンがいる。ギャバという神経伝達物質を使って信号を伝える抑制性ニューロンはとても多様で、その多様性をはかるモノサシとして、(1)細胞の形、(2)細胞で働いている遺伝子たち、(3)電気的な活動の仕方、の3つがある、ということだった。

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今回のエントリーでは、その多様性の起源の話をする。この分野は、「神経発生」の一つの研究トピックでもある。

ここでの大きな問題の一つは、抑制性ニューロンの多様性は、いつ、どこで、どうやって生じるか?どんな抑制性ニューロンが、いつ、どこから生まれるか?ということ。

誤解を恐れず手短に答えると、胎児期の脳の「基底核原基」というところで、抑制性ニューロンは生まれる。その基底核原基の異なる場所で、異なる時期に、異なる種類の抑制性ニューロンが生まれては、将来、大脳皮質になるところまで移動して回路を形成していく。そんな様子が、2000年頃から急速にわかってきた。

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なお、今回扱う内容は、主にマウスの研究に基づいている。マウスでは、生まれる前の胎児期に、抑制性ニューロンの多様性のルーツを見ることができる。なので、今回は主にその胎児期の話ということになる。今回は、どこで抑制性ニューロンが生まれるか?という問題に力点を置く。生まれた後、回路に組み込まれるまでの経過は詳しく扱わない。

また、今回も「抑制性ニューロン」という呼び方をする。しかし、実は生まれてしばらくの間、このニューロンはシナプスを作った相手に「興奮性」の信号を伝えている。なので、本当は、「ギャバ性ニューロン」「ギャバ作動性ニューロン」と呼んだ方がより適切ではある。細かい話だが、一応断っておく。

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専門用語について

今回の話を理解する上で、どうしても知っておきたい用語がある。少し長くなるが、まずはその紹介から。(すでにご存知の方は、ここを飛ばしていただいて問題ないです)

1.終脳telencephalon
いわゆる「大脳(cerebrum)」。大脳皮質(cerebral cortex)、嗅球 (olfactory bulb)、大脳基底核(basal ganglia)、辺縁系(limbic system)からなる。

今回扱う胎児期の脳では、一番先端部分とでも言ったら良さそう。胎児期の終脳は、将来、大脳皮質などができる場所にあたる。

さらに詳しい解説は、日本語wikipedia英語版に。ウェブで見つけた図は、胎児期の脳をイメージする上でわかりやすい。

2.背側(はいそく、dorsal)、腹側(ふくそく、ventral
一般的な解剖用語。
脳科学では、脳を区分けして、方向・位置を呼び分ける時に使う。例えば、
A核という神経核があった場合、基本的には、上の方を背側、下の方を腹側、と呼ぶ。「背側A核」、「腹側A核」といった具合で使う。

3.内側(ないそく、medial)、外側(がいそく、lateral
こちらも脳の区分け・指示用語。上で紹介した背・腹側と角度が
90度違う。文字通り、脳の内側(うちがわ)を内側、外側(そとがわ)を外側と呼ぶ。

今、脳を垂直に輪切りしたとする。
   背側
外側
内側 外側
   腹側
といった具合になる。

4.吻側(ふんそく、rostral)、尾側(びそく、caudal
脳の前後方向の区分け用語。吻は接吻の吻。つまり、くちびる側。前方を吻側、後方を尾側と呼ぶ。

今、脳を水平に(前から後ろに)輪切りしたとする。
   吻側
外側
内側 外側
   尾側
といった具合になる。(ここでは、上が前方、口側)

なお、これらの解剖学の方向用語については、日本語wikipedia英語版などがある。

5.基底核原基ganglionic eminence
今回の超重要キーワード。
胎児期の終脳の「腹側」領域(
subpallium)にある。文字通り、基底核の原基。もともとは大脳基底核という場所の主要なニューロンが生まれる場所としてその名がつけられた。が、今回紹介するように、将来、大脳皮質の抑制ニューロンになる細胞が生まれる場所でもあることがわかってきた。

ウェブで見つけた図は、以上の解剖用語をおさらいする上で良さそう。

その図は、胎児期の終脳の輪切りで、その腹側LGEMGEというラベルがつけられている。GEとは基底核原基の略称。L外側M内側になる。つまり、LGEは外側基底核原基、MGEは内側基底核原基だ。

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さて、ここからが今回のメイントピック、抑制性ニューロン多様性のルーツについて、もう少し詳しく見てみる。


どこで生まれ、どのように移動するか?:興奮性ニューロンとの違い


大人の大脳皮質にいる興奮性ニューロンと抑制性ニューロンという
2種類のニューロンは、生まれる場所がそもそも違う。そして、生まれた後、働くべき最終目的地まで移動するルートが違う。

興奮性ニューロンは、脳室帯ventricular zoneVZ)という、終脳の背側にある領域で生まれ、表面方向へ向かって、垂直に移動して目的地へ到達する。

一方、多くの抑制性ニューロンは、終脳の腹側(subpallium)にある「基底核原基」で生まれ、興奮性ニューロンと直行するように、脳の表面と平行に移動してくる。つまり、抑制性ニューロンは、終脳の腹側から背側へ、下から上へ大移動する「細胞移民」とでも言ったら良いかもしれない。例えば、海馬は、その移動先の最も遠い場所に当たる。

このように、抑制性ニューロンは、興奮性ニューロンとは、生まれる場所、移動の仕方、が違う。けど、共通点もある。

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どのように配置されるか?:興奮性ニューロンとの共通点

大脳新皮質は、できあがったら6層構造になる。脳の表面から1から6層と数える。その層構造のでき方、細胞の配置のされ方は、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンは共通のルールを持っている。

それは「インサイド・アウト」というルール。

まず、興奮性ニューロンについて。
大脳新皮質は、まず
1層にあたる場所ができた後、6、5、4、3、2層という順番で出来上がっていく、細胞が積み上がっていく。

脳室帯(
VZ)で生まれた興奮性ニューロンが、まず将来の6層になる層を1つ作る。次に生まれた細胞はその層を通り抜けて、つまり、内から外へ細胞が移動して次の5層を作る。次に4層、3層、そして2層ができる。こうして、6層構造ができあがる。

サンドイッチのアナロジーで、もう少しイメージしやすく。
食パンを
2枚用意して重ねる。まず、その間にチーズ(6層)を挟む。次に、ハム(5層)をチーズの上に挟み込む、次に卵、、、、そんな感じで「大脳新皮質サンドイッチ」ができあがっていく。

抑制性ニューロンの配置のされ方も似ている。
初期に生まれたニューロンは深い層に多く、後に生まれたニューロンは表面側に多く配置される。このように、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンは、「インサイド・アウト」というルールを共有している。

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多様性のルーツはどこにあるか?

上で、「基底核原基」で大脳皮質の抑制性ニューロンが生まれる、と書いた。その基底核原基の異なる場所から、異なる種類の抑制性ニューロンが生まれることがわかってきた。少なくともそこに多様性のルーツがありそうだ。

もちろん、実際の研究は現在進行中で、新しいことが次々とわかっている状況だ。最新の状況を把握しきれているわけではないが、自分の理解している範囲でまとめてみようと思う。

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3分割できる基底核原基

現在、基底核原基は、少なくとも3つの領域に分けて研究が進められている。内側外側尾側の3つの領域に分けられる。

例えば、胎児期の終脳の左半球、その基底核原基を上から見ると、
外側 
内側
  尾側
といったイメージ。

そのうち、内側と尾側の基底核原基から様々な大脳皮質の抑制性ニューロンが生まれる。一方、外側の基底核原基の貢献度は、マイナーである。この説は、この数年でコンセンサスが得られてきたようである。

つまり、内側と尾側が重要、ということになる。

基底核原基を内側と尾側に区別するからには、そこから生まれる抑制性ニューロンの種類が違う。前回のエントリーで、抑制性ニューロンを区別する遺伝子として3つ例を挙げた。ここでは、
PVSOMCRという略号だけで紹介する。その3つの遺伝子・タンパク質は、抑制性ニューロンを区別するモノサシとなる。

内側基底核原基から生まれる抑制性ニューロンは、将来PVSOMというタンパク質が存在するニューロンになる。尾側から生まれるニューロンは、将来CRが存在ニューロンになる。

内側基底核原基から生まれる抑制性ニューロンの理解が進んでいる。
ごく最近発表された研究によると、少なくとも10種類の抑制性ニューロンが、内側基底核原基から生まれていそうだ。また、内側基底核原基と言っても、胎児期の違う時期にそこで生まれたニューロンは、違う種類の抑制性ニューロンになることもわかってきた。つまり、場所だけでなく、時間、という軸も、多様性のルーツを探る上で重要になりそうだ。

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基底核原基以外で生まれる抑制性ニューロン

「多様性」は、やはり単純ではない。基底核原基以外から生まれている大脳皮質の抑制性ニューロンもいそうで、多様性の幅を広げている。

中隔領域septal region)と脳室帯周辺の二つについて紹介してみる。いずれもまだ研究例が少なく、コンセプトとしてはまだ確立していないようだが、注目に値しそうである。

まず中隔領域は、基底核原基の内側で吻側に位置している。そこからも大脳皮質の抑制性ニューロンが生まれていそうだとする研究が報告されている。そこで生まれた抑制性ニューロンがどのような種類で、最終的に、どこでどのような働きをするかは、これからの研究を待つ必要がありそうだ。


次に、脳室帯といえば、興奮性ニューロンが生まれて移動開始地点だった。実は、その周辺で抑制性ニューロンが生まれている、という大胆な説がある。しかも、ヒトの脳でそれが起こっていると唱えられている。

その研究では、ヒトの脳では、基底核原基の倍くらい多くの抑制性ニューロンが、実はその脳室帯周辺から生まれているという証拠を提示している。つまり、基底核原基はマイナーということになる。

確かに、ヒトの脳は巨大だから、基底核原基からわざわざ大移動するよりも、はるかに効率が良さそうだ。マウスとは全然違うルールで、ヒトの脳では抑制性ニューロンは生まれ、移動するのか、今後の追試、研究を待つ必要がありそうだ。

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次回は、この分野の最新研究を具体例として紹介してみようと思う。

参考文献

今回紹介した研究分野では、RubensteinFishellという2大研究者がこの分野を牽引している。以下の文献は、主にその二つの研究者、もしくはそのお弟子さん?の研究が中心になる。

1.総説
今回紹介した内容に関する総説を二つ。

Annu Rev Neurosci. 2003;26:441-83. Epub 2003 Feb 26.
Cell migration in the forebrain.
Marín O, Rubenstein JL.

Nat Rev Neurosci. 2006 Sep;7(9):687-96. Epub 2006 Aug 2.
The origin and specification of cortical interneurons.
Wonders CP, Anderson SA.

前者は、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンの移動の仕組みについて、包括的にまとめられている。後者は、抑制性ニューロンの発生に関する総説。後者は特にお薦め。

2.Development. 2001 Oct;128(19):3759-71.
In utero fate mapping reveals distinct migratory pathways and fates of neurons born in the mammalian basal forebrain.
Wichterle H, Turnbull DH, Nery S, Fishell G, Alvarez-Buylla A.

細胞移植実験によって、内側基底核原基が皮質抑制性ニューロンの主要なソースだということを明らかにしている。

3.Nat Neurosci. 2002 Dec;5(12):1279-87.
The caudal ganglionic eminence is a source of distinct cortical and subcortical cell populations.
Nery S, Fishell G, Corbin JG.

尾側基底核原基は、遺伝子レベルでも、抑制性ニューロンのソースとしても、内側基底核原基と明確に異なることを明らかにしている。

4.Neuron. 2005 Nov 23;48(4):591-604.
The temporal and spatial origins of cortical interneurons predict their physiological subtype.
Butt SJ, Fuccillo M, Nery S, Noctor S, Kriegstein A, Corbin JG, Fishell G.

細胞移植実験と電気生理実験を組み合わせて、抑制性ニューロンの多様性のルーツを探っている。非常に画期的な研究で、神経発生に興味のない人にもお薦めできる研究。

この研究では、内側基底核原基の早い時期から、将来PV陽性のfast-spikingニューロンと呼ばれる、抑制性ニューロンの代表的な細胞が生まれること、より後期には、SOM陽性のregular spikingニューロンになるニューロンが生まれることがわかった。そして、尾側からも多様な抑制性ニューロンが生まれることを明らかにしている。

5.J Neurosci. 2007 Jul 18;27(29):7786-98.
Physiologically distinct temporal cohorts of cortical interneurons arise from telencephalic Olig2-expressing precursors.
Miyoshi G, Butt SJ, Takebayashi H, Fishell G.

次回、紹介予定の論文。研究では、内側基底核原基に注目している。最新の分子遺伝学に電気生理学を組み合わせて、上の4の論文でわかったことをより詳細に調べ直し、より信頼性の高いコンセプトを打ち立てている。

6.Nature. 2002 Jun 6;417(6889):645-9.
Origin of GABAergic neurons in the human neocortex.
Letinic K, Zoncu R, Rakic P.

ヒト大脳皮質の抑制性ニューロンの起源に関する論文。追試、もしくはこの結果をさらにサポートする研究が待たれる。

7.Development. 2004 Sep;131(17):4239-49. Epub 2004 Jul 27.
Compromised generation of GABAergic interneurons in the brains of Vax1-/- mice.
Taglialatela P, Soria JM, Caironi V, Moiana A, Bertuzzi S.

中隔領域が皮質抑制性ニューロンの一部を生んでいそうだ、とする研究。Vax1という転写因子をノックアウトしたら、その中隔領域が完全に、内側基底核原基の一部も消失し、大人の大脳皮質では30~40%の抑制性ニューロンが減少することを示した。

9/15/2007

個性豊かな抑制性ニューロンのルーツを探る:パート1


大脳皮質のニューロンは、興奮性と抑制性ニューロンという2種類に大別される。抑制性ニューロンは、そのうち約20%を占める。最近の研究から、抑制性ニューロンは、とても個性豊かだということがわかってきた。その一方で、わかっていないこと、解決していない問題も多く、抑制性ニューロンの多様性の役割と起源を探る研究が現在進行中だ。これから数回に分けて、抑制性ニューロンの多様性の起源を探る研究について、現状をまとめてみようと思う。

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今回はまず、抑制性ニューロンの多様性が、そもそもなぜ問題か?ということに触れてみる。次回、その多様性の起源の話題へ移る。ちなみに、断りがない限り、脳の中でも「大脳新皮質(
neocortex)」の話に絞る。

興奮性と抑制性ニューロン

脳のニューロンは、大きく分けると2種類いる。興奮性ニューロンと抑制性ニューロン。少なくとも、働き方という点で、この2種類の細胞は明確に違う。前者は出力先のニューロンを興奮させ、後者は出力先の活動を抑える。抑制性ニューロンとは、「ギャバ(GABA)」を神経伝達物質として放出するニューロンで、シナプスを作っている出力先へ抑制の信号を送るニューロンのこと。(*「ギャバ作動性ニューロン」と呼ぶのが最も適切かもしれない。)

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抑制性ニューロンの多様性

今回扱っているテーマは、「抑制性ニューロンの多様性」。このテーマは、今の神経科学の分野でホットなテーマの一つ。

なぜそのトピックが注目されているのか?

抑制性ニューロンは、すでに述べたように、脳というネットワークを構成している役者の一つ。脳活動という「ショー」の間、どんな個性豊かな役者たちが登場して、他の役者たちとどんなやり取りをしながら、どんな役柄をこなしているか調べるのは、脳活動を解読・理解する上で不可欠。

実際、特定の抑制性ニューロンとの関係が明らかになっている脳の病気(神経疾患)もある。これを単純に考えれば、脳が正常に動作するには、抑制性ニューロンは必要不可欠な役者ということになる。とすれば、その抑制性ニューロンの理解をより深める、という研究方向は、脳の働きを理解する方向と同じ。

一方、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンの比は、大脳新皮質では4:1と言われている。抑制性ニューロンは、全体の約20%と少数派だ。

それなのに、なぜ抑制性ニューロンは重要か?

ニューロンは活動してなんぼ。「活動電位」という出力信号に限って言えば、特定の抑制性ニューロンは興奮性ニューロンより激しく出力信号を出し続けている。細胞の数というハンディを、十分なくらい補える。ショーでは、登場頻度が多く、台詞も多い方が重要な役柄であることが普通。数では興奮性ニューロンに劣っている。けど、脳活動という点では、実は抑制性ニューロンは興奮性ニューロンと同じか、それ以上に重要かもしれない。

だから、抑制性ニューロンを調べる研究、その多様性を調べる研究は、脳を理解する上で非常に重要。なのに、過去の脳活動を調べる研究の多くでは、そのことを直接的に調べてこなかった。そもそも調べることが難しかった。

では、抑制性ニューロンはどれくらい多様か?

「多様」というからには、いろんな種類の抑制性ニューロンがいる。けど、例えばネズミの大脳新皮質に、何種類の抑制性ニューロンがいるか?と聞かれても、誰も本当の数を知らない。研究者によって、その数、答えが違う。その多様性は、連続的か、それとも断続的か、という論争もあるくらいだ。とにかく、たくさんいる。

けど、その多様性の中にルールがありそうだからこそ、この研究分野は面白い。

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多様性の中のルール

多くの研究では、多様性をはかる判断材料、抑制性ニューロンたちを区別する判断材料として、次の3つに注目する。(1)細胞の形、(2)細胞の中で働いている遺伝子たち、(3)電気的な活動の仕方

これまでわかってきたルールの一例を挙げてみる。

まず、細胞の形に注目してみると(こちらなど)、「シャンデリア細胞」と名づけられた細胞がいる。その名の通り、出力線維である軸策(axon)がシャンデリアのような形をしている。

その形が面白いだけではなく、どこにシナプスを作っているかというルールが面白い。

シャンデリアのガラス飾りにあたるシナプスは、興奮性ニューロンの出力信号の発生源付近に集中している。他の抑制性ニューロンとは明らかに異なる。他にも抑制性ニューロンによって、出力相手のどこにシナプスを作っているかが違っている。

次に、細胞内で働いている遺伝子に注目すると、パーバルブミン(parvalbumin, PV)、カルレティニン(calretinin, CR)、ソマトスタティン(somatostatin, SOM)という遺伝子が有名。名前は覚えにくいが、略号だけでも覚えておいてほしい。PVCRSOM

上で登場したシャンデリア細胞ではPVというタンパク質がたくさんあって、CRはない。別の抑制性ニューロンでCRが見つかる。つまり、遺伝子たちの働き方(遺伝子発現)というものさしで、細胞の種類を区別できそうなことがわかってきた。

おまけに、その遺伝子発現パターンが、細胞の形や電気的な活動と関係があることがわかってきた。例えると、登場キャラクターによって性格(遺伝子発現)が違っていて、その性格からキャラの衣装(形)や振舞い方(電気的活動)を連想できる、とでも言ったら良いかもしれない。

最後に、電気的な働き方に注目してみる。ニューロンに電流を注入した時に起こる反応が、細胞の種類によって違う。早口だったり、間を空けてゆっくり喋るキャラクターがいるような感じで違う。海馬の研究ではあるが、実際の神経回路に組み込まれている時の働き方も、細胞の種類によって違うことも、この3,4年でわかってきた。登場キャラの台詞のタイミングが、ショーの場面、キャラのタイプによって違う、とでも言ったら良いだろうか。

このように、抑制性ニューロンは多様なだけでなく、その中に何らかのルールが潜んでいそうだということがわかってきた。

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多様性の起源の話題へ

このような抑制性ニューロンの多様性の研究は、もともとは、ほぼ出来上がった大人の脳で調べられてきた。一方で、その多様性はどこから、どのように生じたのか?という抑制性ニューロンの多様性の起源を探る研究もここ数年間で盛んになってきた。

次回、そのことに触れようと思う。

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今回の話題に関連する重要文献

1.Cereb Cortex. 1997 Sep;7(6):476-86.
GABAergic cell subtypes and their synaptic connections in rat frontal cortex.
Kawaguchi Y, Kubota Y.

この研究分野のパイオニアである生理学研究所の川口先生、窪田先生による有名な総説。一連の研究は、アメリカはもちろん、世界的にも高く評価されている。

2.Nat Rev Neurosci. 2004 Oct;5(10):793-807.
Interneurons of the neocortical inhibitory system.
Markram H, Toledo-Rodriguez M, Wang Y, Gupta A, Silberberg G, Wu C.

同じくこの分野で有名なMarkramの総説。派手な研究をやる一方で、堅実な研究もやっているスイスで活躍中の研究者。

3.Nature. 2003 Feb 20;421(6925):844-8.
Brain-state- and cell-type-specific firing of hippocampal interneurons in vivo.
Klausberger T, Magill PJ, Márton LF, Roberts JD, Cobden PM, Buzsáki G, Somogyi P.

海馬の研究。脳がリズムを刻みながら活動している時に、どの抑制性ニューロンがどのようなタイミングで活動しているかを調べたエレガントな研究。この論文から続いている彼らの一連の研究は、抑制性ニューロンの多様性の役割を、まるごとの脳の中で調べる研究として非常に重要。Klausbergerはイギリス・オックスフォード大の研究者。

4.Diversity in the Neuronal Machine: Order and Variability in Interneuronal Microcircuits (Oxford University Press, 2005)
Soltesz I

ずばり抑制性ニューロンの多様性を扱った教科書。海馬の話を中心にまとめられている。読みやすく、この分野の研究者は必読。



5.Histology of the Nervous System of Man and Vertebrates
S. Ramon y Cajal (translators: Neely Swanson & Larry Swanson)

まさにバイブル。ニューロンの多様性の研究、現代神経科学はここから始まった、と言っても過言ではない。この本は、Cajal1911年に出版した本(Histologie du Systeme Nerveus de l’Homme et des Vertebres)の英訳版で、1994年に出版された。


6.Hippocampus. 1996;6(4):347-470.
Interneurons of the hippocampus.
Freund TF, Buzsáki G.

海馬の抑制性ニューロンの多様性ならこちら。論文はこちらからダウンロード可能。




9/08/2007

覚える時、思い出す時に活躍する細胞のあぶりだし:パート2

直前のエントリーで扱った研究を少し詳しく見てみる。研究そのものの説明というより、今回の研究の鍵を握っていたマウスについて話をし、そのマウスにどんな学習をさせたか、そして、今回の研究の問題点について考えてみたい。

ドライバーとレポーター

今回の研究の鍵を握っていたマウス、つまり活動したニューロンに「タグ」を付けられるマウスの「仕掛け」を説明してみる。

まず、2種類のマウスを作る必要がある。ドライバーとレポーター役を果たすマウス。

1種類目のマウスは「ドライバー」役。ニューロンが活動したら働くc-fosという遺伝子がある。その遺伝子(実際はその遺伝子のプロモーター)を利用して、ニューロンが活動したらtTAというタンパク質ができるようにする。そのtTAは、遺伝子のスイッチ役で、他の遺伝子が働くのを「ドライブ」する役割があるから、ドライバー。

今回の研究では、tTAができるのを、神経活動によってさらに「ドライブ」してやろう、というのがミソになる。

2種類目のマウスは「レポーター」役を果たす。このマウスでは、tTAが働いたら、tauLacZというタンパク質ができるようにしておく。このtauLacZこそが「タグ」。このタグとなるタンパク質は、遺伝子の働きを見やすくするレポーター役をしてくれるから、このマウスは「レポーター」。

もしその「ドライバー」と「レポーター」二種類のマウスをかけあわせると、
神経の活動→
tTAtauLacZ(タグ)
という仕組みが1個の細胞でできあがり、ニューロンが活動したことをレポートしてくれる。

ただし、これだけだと、学習する時以外に活動したニューロンにもタグが付いてしまう。積極的に勉強していない時に活動したニューロンにタグが付いては困る。

そこで、tTAはもともと大腸菌のタンパク質で、抗生物質ドキシサイクリンdoxycycline、略してDox)があると、その働きがブロックされることに着目する。

それを利用すれば、tTAができても、レポーター役のtauLacZがドライブされない。Doxをマウスの餌に入れておくだけで、tTAの働きをブロックできる。

細かくなるが、実際には、そのレポーターのマウスでは、Doxに反応しない変異型tTAもドライブされるようにしている。(タグができる効率をさらに良くするのだろう)

これで研究の準備が整ったことになる。

今回の研究では、普段は抗生物質
Dox入りの餌を食べさせて、タグが勝手にできないようにしておく。そして、学習する数日前にDoxナシの餌に切り替える。つまり、ドライバーが働いてタグをつけられる状態にする。その状態でマウスに学習させ、学習が終わったら、その日のうちにDox入りの餌に戻す。これで、学習中にだけタグを付けられる。

そして、学習した後、思い出す時に活動したニューロンをあぶりだす時は、zifという遺伝子に注目する。この遺伝子も神経活動によって働き出す。できたZifというタンパク質がどのニューロンでできているか調べ、タグがついているニューロンとの一致具合を調べる。そうすれば、学習時と思い出す時、共に活動したニューロンをあぶりだせる。なかなかうまい話だ。

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学習テスト

マウスが行った学習テストは、恐怖条件付け(fear conditioning)と呼ばれるもの。パブロフの犬の「恐怖版」と言っても良い。

まずマウスにテストボックスに入ってもらう。しばらくしたら音が鳴り、その直後に電気ショックが与えられる(かわいそうだが)。ボックスという「環境」と電気ショック、音と電気ショックの関係を学習させるシンプルなテストとして、よく用いられる。音は直接的な「条件刺激」となる。

多くの実験では、まずそのボックスや音と電気ショックの関係を覚えさせ、後日、「想起テスト」を行う。その「想起テスト」では、再びマウスに同じボックスに入ってもらう。ただし、電気ショックは与えない。そして、マウスがボックスに入っている間に示す「震え」を調べる。そうすることで、ボックスや音が恐怖(電気ショック)を引き起こす、ということを学習できていたか調べられる。

「パブロフの犬」のアナロジーなら、本来餌とは全く関係のない鈴の音だけで、よだれがでるかを調べるようなもの。

ちなみに、この連合学習には、扁桃体(amygdala)、特にその基底外側核が重要ということがわかっていた。

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問題・課題

今回の研究は非常にロジカルな良い研究。しかし、いくつか問題・課題もありそうだ。

第一に、最後の実験(論文では図4にあたる)。その実験でやったことはこうだ。

まず、上の「恐怖条件付け」を行った後、マウスに覚えた関係を「消去」するリハビリのようなことを行わせる。今回の研究では、都合の良いことに、マウスによってその効果が違っていた。つまり、あるマウスではリハビリ効果が見られず、テストボックスに入れられると震え続け、一方、別のマウスはほとんど震えないようになった。

その結果を利用して、タグ(学習の目印)と
Zif(想起の目印)が共に存在するニューロンの割合とその消去の度合い(震え具合)の関係を調べている。

すると、扁桃体の中の2つの核(基底外側核と外側核)で異なる傾向が見えてきた。一方の神経核は、ボックスという環境・文脈に基づく想起に関わり、他方は音という、より直接的な刺激に基づく想起に関わっていそう、という傾向を見出している。

しかし、実際のデータを見ると、外れ値や実験計測上の問題(例えば、定量方法)をどのように扱うかによって、その傾向は変わりそうな印象を受ける。論文では、さすがに慎重で、その二つの神経核の役割の違いについては、あまり突っ込んだ議論はしていない。


第二の問題は、この実験でタグを付けられたのは興奮性細胞が主だった、という点。

ニューロンは大きく分けて、興奮性細胞と抑制性細胞という二つの集団から成る。それぞれ、興奮と抑制という逆の出力信号を送る。が、今回の実験では、タグが付いたのは興奮性細胞が主だったようだ。つまり、抑制性細胞がどのように働いたのか、一切情報は得られていない。抑制性細胞が活動していなかったとは考えにくい。

おそらく、細胞によって遺伝子の働き方が違う。すると、ニューロンが同じように活動しても、細胞の種類が違うと、同じ遺伝子でも働きやすさが違いそうだ。すると、神経活動と遺伝子発現を結びつけようというこの実験方法は、まだまだ克服すべき壁がありそうだ。

これに関連する第三の問題・課題として、速い神経活動と遅い遺伝子発現のギャップが挙げられる。神経活動はミリ秒単位で起きたり、起きなかったりする。遺伝子発現は、それよりもっともっと遅い。

今回の実験の場合、想起テストを行った1時間後の状態を調べている。つまり、神経活動が起こって1時間後にその活動の結果を調べた、というわけだ。あまりにも大きな時間差が存在する。

第四に、あぶりだされたニューロンの役割。ホントに学習に関わっていたのか?ホントに恐怖体験を思い出すことに関わっていたのか?ということは、この研究だけからはわからない。この問題に取り組むには、研究方法のさらなる改良・開発が不可欠だろう。

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論文の印象

今回の結果、人によっては、期待通りで「大した発見ではない」と思うかもしれない。しかし、その期待・予想を実験的に示すことがこれまで非常に難しかった。

今回の研究は、洗練された遺伝子操作技術とシンプルでエレガントな実験で、実際にその予想を示せた点がすごい。今回の方法は、他の研究にもいろいろ応用できそうなので、今後の応用にも期待できそうだ。

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参考文献

1.今回扱った論文
Science. 2007 Aug 31;317(5842):1230-3.
Localization of a stable neural correlate of associative memory.
Reijmers LG, Perkins BL, Matsuo N, Mayford M.

2.今回応用された遺伝子組み換え技術について
Science. 1996 Dec 6;274(5293):1678-83.
Control of memory formation through regulated expression of a CaMKII transgene.
Mayford M, Bach ME, Huang YY, Wang L, Hawkins RD, Kandel ER.

Proc Natl Acad Sci U S A. 1992 Jun 15;89(12):5547-51.
Tight control of gene expression in mammalian cells by tetracycline-responsive promoters.
Gossen M, Bujard H.

3.扁桃体について
Annu Rev Neurosci. 2000;23:155-84.
Emotion circuits in the brain.
LeDoux JE.

覚える時、思い出す時に活躍する細胞のあぶりだし:パート1


ものを覚える時、脳の一部のニューロンたちが活動する。一方、覚えたことを思い出す時、学習時に活動したニューロンたちのさらに一部が活動する。しかも、覚える時に活動したニューロンがたくさん活動した方が、よく思い出せるかもしれない。そんなことが、最近の研究からわかってきた。最近の「サイエンス」に報告されている。

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これまでいろんな方法で記憶の仕組みが調べられてきた。けど、ある事を学習する時、そしてそれを思い出す時、果たして同じニューロンたちが活動しているのか?もし同じなら、どれくらい同じなのか?よく思い出せている時は、学習時に活動したニューロンたちがたくさん活動している?そんな素朴な疑問が、実はよくわかっていなかった。

それは、学習の時に活動したニューロンと、思い出す時に活動するニューロンをしっかり区別する方法がなかったから。

その壁をクリアするために、Mayford率いる研究グループが取り組んだことはこうだ。

まず、遺伝子組み換え技術を使って、活動したニューロンに「タグ」を付けられるようなマウスを作った。ここでの「タグ」はタンパク質。「このニューロンが活動した」ということをレポートしてくれるタンパク質。

そんなマウスに学習させる。すると、活動したニューロンにタグが付けられる。

数日後、学習したことをマウスに思い出させ、その時に活動したニューロンを、別の方法であぶりだす。そして、タグの付いたニューロンのうち、どれくらいのニューロンが思い出す時にも活動したかを調べた。

すると、2つのことがわかった。

第一に、学習の時に活動したニューロン(タグのついたニューロン)たちの一部が、思い出す時にも実際に活動していた。

第二に、そのタグのついていたニューロンがたくさん活動したほど、マウスが物事を思い出していると思える行動をよく示すことがわかった。つまり、学習時にタグがついたニューロンがたくさん活動したほど、よく思い出せていた可能性があることがわかってきた。

扁桃体という場所の一部の神経核でそれが確認された。

続くエントリーでは、もう少し突っ込んだ話をしてみます。



9/01/2007

はじまりのはじまり: モチベーション

今回は初エントリー。なので、ブログの運営ポリシー・モチベーションを書く。

このブログでは、脳のことを扱う。なぜなら、自分は脳を研究しているから。このブログの多くのエントリーは、脳科学に関連した情報を扱う。例えば、最新脳科学の内容を紹介するエントリーを立てたりする。

では、なぜブログという形式でやるのか?

自分が得た情報を管理・活用・共有したい時、ブログは簡単で便利な手段の一つだと思っているから。ブログは一つのコミュニケーション手段。


脳の
研究者は普段、論文などを読んで脳に関連した情報を手に入れている。そうやって日々得た情報を、ブログという形でまとめて、できるだけ多くの人がその情報へアクセスしやすい場を少しでも提供したい。そして、読者の人とのコミュニケーションのきっかけにつなげられれば、さらにうれしい。

そんなモチベーションでこのブログをやっていきたい。

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面白い!、逆に、難しい!、という一言コメントでも、もらえると非常にうれしいです。モチベーションアップにつながります(ポジティブなご意見なら特に)。

ですので、コメントはお気軽にどうぞ。
これからよろしくお願いします。